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2014年6月19日木曜日

【やっぱり・・・】やっぱり、こういう意見が出ましたね。~「マナー違反」「掃除人の仕事を奪った」

【やっぱり・・・】やっぱり、こういう意見が出ましたね。


サッカーW杯での日本サポーターのゴミ拾い 「マナー違反」「掃除人の仕事を奪った」、ネットで議論



ただ、、

この議論を観る限り、


【結論】

1,掃除をしたい人にはさせておけばいい

2,アレを観て、“オレもやろう”と思う人も、
  させておけばいい

3,ただ、ゴミ拾いをしない人にたいして、
  “ゴミ拾いをしないのは、よくない・・・”と言うのもおかしい

4,基本は、自分のゴミは、自分でゴミ箱に捨てるか、
  持ち帰るか、どちらかだ。

ということでしょうか。

あなたなら、どうします?

(ひろし)


【掃除】は“善”か?~スポーツイベントでの【掃除】行為は広まるのか?





2014年6月18日水曜日

【掃除】は“善”か?③

【掃除】は“善”か?③

(つづき)

結局、【掃除】案が、ボツになったので、
他のボランティアを探しました。

しかし、思いつくものは、

老人施設でなんとか・・・

とか、

小学校でなんとか・・・

とか、いろいろと案は出るのですが、
どれをとっても、

“管理者の許可”が必要。

なかなか決まりませんでした。

(最終的には、ある案が決まり、それを実行することができましたが、結局は長続きしませんでした。)

ボランティアと聞けば、普通、“いいこと”という価値観は、
だれもが持っているわけですが、

世の中、それ以外の、様々な価値観が存在している。

そういうことを勉強させられた出来事でした。

翻って、サッカー。

日本人サポーターの行動が、
今後、どう広がっていくのか、

意外と、広がらないのか・・・・

掃除労働者達のデモ行進は起こるのか・・・・?


ちょっと、見守っていきたいと思っています。


(ひろし)

①に戻る


【掃除】は“善”か?②

【掃除】は“善”か?②

(つづき)

と言いますのも、
実際には、日本でも、

【掃除】は“労働”

という価値観は、現実にあるのです。


【私の経験】

“若い頃、地域の若い連中が集まって、何か、ボランティアをしよう”

という話になった。

そこで、真っ先に思い浮かんだのが、
“公園の掃除”でした。

私も含め、多くのメンバーが、“それはいい・・・”

と、賛同しました。

いざ、実行しようとすると、
「公園は市が管理しているので、一応は報告した方がいいんじゃないか・・・」

という意見が出ました。

さっそく市に報告すると、
「それは困る・・・」

と言われたのです。

私たちは、“不思議”な気持ちになりました。

“いいこと”やるのに、

なんで、“困る”のか、理解できませんでした。

市の担当者は、
「公園は、管理計画に基づいて、掃除を含め管理しています。地域の町内会とも連携しながら、掃除や植木の剪定を行っているので、勝手に掃除されても困る・・・」

という回答だったのです。

今でも、
“それにしても、町内会の掃除とは別に、ボランティアが掃除したって、問題ないじゃないか・・・”

と思います。

しかし、そこには、
勝手にはできない“理由”があるみたいです。

まあ、ど~~~~~しても、掃除したかったら、
そういう市を説得してでも、
掃除することもできたかもしれませんが、

たかが、ボランティア。

他のことを探そう・・・

ということになり、

結局は、【掃除】案は、ボツっっっっ!!

他のボランティアを探すことになりました。

(つづく)


【掃除】は“善”か?~スポーツイベントでの【掃除】行為は広まるのか?

【掃除】は“善”か?
~スポーツイベントでの【掃除】行為は広まるのか?

以前、某国で、
学校での【掃除】が話題になりました。

日本では生徒が無償で【掃除】しますが、
某国では、清掃職員が賃金をもらって【掃除】しているそうです。


その国では、

生徒が無料で【掃除】すると
労働者の仕事が奪われる

という主張らしい。

私は、“所変われば、考え方も変わるもんだなあ・・・”

と感心した記憶があります。

“ボランティアで【掃除】”

と聞くと、

“=(イコール)すばらしいこと”

という考え方は、
決して間違っているとは思いません。

しかし、もしそこに、“労働”という発想があったなら、

“子どもにただ働きさせていいのか?”

とか、

“労働者の仕事を奪ってもらうと困る・・・”

という主張も、
一概に否定はできない・・・


今回のサッカーワールドカップでの、
日本人サポーターの【掃除】行為が、
世界から賞賛されているらしい。



ブラジルで観戦後にごみの後始末をする日本のサポーターが話題に



ということは、

“無償で掃除をする”という行為は、

世界的に、“すばらしいこと”という認識なのでしょう。



ならば、
今回の【掃除】行為が、
“すばらしいこと”として、
サッカーに限らず、様々なスポーツで広まっていけば、

一方では、

めでたしめでたし・・・・

ということなのでしょうが、

某国の“労働”という価値観からすると、

スポーツイベントで、
掃除のシゴトが奪われ、
労働者達がデモ行進をするという事態に発展する・・・

ということが、

ひょっとしたら、あるのではないか・・・

と思うのは、

(ひろし)の考えすぎでしょうか・・・?

(つづく)


2014年6月14日土曜日

【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?④

【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?④



その絡まっているものとは、


「ビジネス」であり、

「国威発揚」です。


負けると「ビジネス」が成り立ちません。

負けると「国威」が廃れます。


ですから、
スポーツが“個人の健康作り”以外のものになっているのでしょう。


もし、選手が、フェアプレーを旨としているなら、
理不尽なジャッジにも、

甘んじて、従うでしょう。


負けの判定を受けても、
自分のフェアプレーに満足することでしょう。


もう一度繰り返します。


そもそも、グレーな部分が多い競技で、
その判断を審判に委ねるというルールを作っておいて、

審判の判断に従えないというなら、

そんなスポーツはやらない方がいい。


ビデオ判定なり、数人で協議するなり、
個人の判断に任せない方法(ルールの改正)あるはず。


もしそれができないなら、
今回のような困難な場面では、

審判の判断を尊重する方が、
観ている方も、
ストレスが溜まらないと思います。


ていうか、そもそも、
そういうストレスを発散するために、
スポーツを行っている(観ている)のであれば、

まあ、お好きに騒いで下さい。

って感じです。


(ひろし)


①に戻る。



【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?③

【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?③



もし、スポーツが、

「個人(自分)の健康作りのため」

であるならば、

そもそも激しいスポーツ(運動)は、かえってマイナスになります。
(運動以外のことが疎かになったり、ケガの原因にもなります。)

また、相手を打ち負かすという行為は、まったく必要ありません。

むしろ、相手と、ほどほどのラリーを続けられるようにしたほうが、
お互いの人間関係のためには、いいに決まっています。

それでは、
皆さんは、何のためにスポーツをすると思いますか?

相手に勝って、世界一になるためですか?

もしそうなら、
「ルール」に基づいた審判が欠かせません。

その審判の判断が、ルールの内側であるなら、
審判を批判してはいけません。

そのルールを批判すべきだと思います。

また仮に、
その審判の判断が、限りなく「黒」に近い判断があったとして、
結果的にそれが原因で「負け」たとしても、

それは、選手のフェアプレーが負けたのではなく、
審判の判断が悪いわけです。

選手のフェアプレーにエールを送るべきです。

しかし、それが、
それではすまない「何か・・・」が、
今のスポーツには絡まっていると思います。

それは・・・






【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?②

【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?②

ボクは、どちらかというと、
他人と勝負して、勝ち負けを決めるタイプのスポーツは、
どこか、なじめない気がする。

というのも、
今までいくらかスポーツをやってきましたが、(遊び事の程度です。)

勝ち負けを決める競技のほとんどは、
相手の裏をかく・・・

という思考回路が欠かせません。

テニスにしても、
バドミントンにしても、

相手のいないところに球を落とすことを旨とする。


わたしが若い頃、職場で
エスキーテニスがはやりました。

(今の若い人には、ナニソレ?て感じでしょうか・・・ググってみてください。)

私は初心者で、年配の先輩が相手をしてくれました。

私は、「こんな年配に負けるはずがない・・・」
高をくくっていました。

しかし、予想に反し、
その先輩は、私がいないところに、いないところに球をまわし、

私は、それに振り回され、

先輩は、ほとんど動くことなく、

私は振り回され、



あっけなく敗退したのです。


私は、悔しい・・・

という気持ちより、

「ずるい!!」

という気持ちでいっぱいでした。


「よくもまあ、ボクのいないところに、あんなに平気に、球を回せるよなあ・・・」
「あの先輩は、性格が悪いんじゃないか・・・」
「もうちょっと、ラリーを楽しむみたいなやり方を知らないのかなあ・・・」

と思ったものです。

しかし、「勝負」にこだわれば、
そういう戦法は、当然あり得るわけです。


わたしは、

こんなスポーツは向かないな・・・

と思いました。

(つづく)



【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?①

FIFAが西村主審を擁護 今後の担当については明言せず


【ワールドカップ】【FIFA】スポーツは何のため?誰のため?①

負けると、審判のせいにするのは、いかがなものか・・・・

そもそも、グレーな部分が多い競技で、
その判断を審判に委ねるというルールを作っておいて、

審判の判断に従えないというなら、

そんなスポーツはやらない方がいい。

ビデオ判定なり、数人で協議するなり、
個人の判断に任せない方法はあるはず。

それにしても・・・

こういう問題が起こるたびに、

スポーツは何のため?誰のため?

という疑問がわいてくるのは、ぼくおひとりさまでしょうか?

(つづく)